大判例

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神戸地方裁判所 昭和53年(行ウ)4号 判決

原告

木下敬

右訴訟代理人

大塚明

神田靖司

被告

洲本市長

佐野豊

被告

佐野豊

右両名訴訟代理人

西尾正次

奥村孝

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因1、2、6の事実〈編注・原・被告の地位、本件昇給処分の存在、監査請求の経過〉及び本件昇給処分は、既採用職員が当時受けていた号給または給料月額を受けるに至つた時から、一二か月を経過する以前になされたものであること、被告佐野豊が洲本市長として、本件昇給処分に基づき、既採用職員に対して支払つた昇給差額分のうち、昭和五〇年一〇月分から昭和五二年九月分までのものは別表のとおりであること、以上の事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すると、昭和五〇年一〇月一一日から同年一一月二七日にかけて、洲本市当局と洲本市職員組合との間で、昭和五〇年度の給与改定につき団体交渉がなされたが、その結果、当時洲本市職員の給与水準が国家公務員の給与水準に比較して高いとされていたため、国家公務員行政職俸給表と対照して、同年四月一日から適用すべき給与条例の行政職給料表を、従前より各一号下位に相当する額に切り下げることとしたが、同時に、右職員組合の強い要求により、同様同年四月一日から適用すべき給与規則の初任給基準表は、従前の水準を維持するべく、各一号上位に切り上げることとし、そのため、初任給基準表の適用を受ける者とそれ以外の者との間に不均衡が生ずることとなるが、これを是正するため、同年一〇月一日付で、既採用職員に対して一律に一号昇給処分をなし、結果的に、既採用職員につき、同年四月分から九月分までの給与を従前に比べて一号下位の水準とすることで右交渉は妥結をみたこと、右団体交渉の結果にもとづき、昭和五〇年一二月二五日、右のとおりの行政職給料表を改正する給与条例、初任給基準表を改正する給与規則が公布され、被告佐野豊は、翌二六日、洲本市長として、既採用職員に対し本件昇給処分をなし、これにしたがい昇給差額分を支給したことの各事実を認めることができる。

二地方自治法二〇四条三項、二〇四条二、地方公務員法二四条六項、二五条一項は、地方公共団体の職員に対する給与について、条例で定めなければならず、これに基づかずにはいかなる給与その他の給付も支給してはならない旨定めているところ(給与条例主義)、被告は、本件昇給処分は、給与条例一三条一項但し書および、これを受けた給与規則一八条二項に基づいてなしたものである旨主張する。

しかし、給与条例一三条一項は「職員が現に受けている号給または給料月額を受けるに至つた時から、一二か月を下らない期間を良好な成績で勤務した場合においては、一号給上位の号給または規則で定める給料月額に昇給させることができる。ただし、前条(一二条)の規定により号給または給料月額が決定された場合において、他の職員との均衡上必要と認めるときは、規則で定めるところにより、一二か月の期間を短縮することができる。」と規定し、同条例一二条は、「新たに給料表の適用を受ける職員となつた者」及び「職員が一の職務の等級から他の職務の等級に移つた場合、または、一の職務の等級から同じ職務の等級の初任給の基準を異にする他の職に移つた場合若しくはこれに準ずる場合」の号給は規則で定めるところにより決定し、その場合、「任命権者が必要であると認めるときは、規則で定めるところにより、その者の属する職務の等級の号給以外の給料月額を決定することができる」と規定しているが、右給与条例一三条一項但し書は、同条例一二条の規定によつて号給または給料月額を決定された当該職員について、昇給期間を例外なしに当該号給または給料月額を受けるに至つた時から一二か月を下らない期間とすると、他の職員との均衡上適当でない場合があるところから(例えば、昇格、降格の場合、それ以前の号給または給料月額を受けていた期間を通算することが実態にそくしている。)、そのような場合に、当該職員について、その昇給期間である一二か月を短縮することができる旨規定しているものと解されるべきものであつて、本件におけるごとく、給与条例一二条の規定により号給または給料月額を決定された職員でない者について右の昇給期間一二か月を短縮することは、給与条例一三条一項但し書の規定するところではないというべきである、もつとも、給与規則一八条二項には「初任給の基準の改正に伴ない、新たに当該基準の適用を受けることとなる職員との均衡上必要があると認められる職員については、その者の号給を上位に決定することができる」と規定するところがあるが右規定は、給与条例一三条一項に規定する昇給とは別のものであつて、給与条例一二条一項の新たに給料表の適用を受ける職員となつた者の号給を決定する基準となる初任給の基準について、その規定を受けて定められた給与規則七条による初任給基準表が改正された場合の号給決定の特例であり、給与条例一三条一項但し書による規則への委任を受けて規定されたものでないことは明らかであるところ、給与条例九条一項に定める給料表と、給与規則七条に定める初任給基準表とは、ともに等級と号給とによつて定められているものであるが、本件は、昭和五〇年一二月二五日、給料表と初任給基準表を改正するにあたり、給料表を従前と比較して各一号下位相当額に定めたのにかかわらず、初任給基準表を一号上位に決定し、既採用者全員に対し、同年一〇月一日以降その号給を一号上位に決定したものであつて、そのため、給与条例一三条一項の昇給期間を短縮した結果となつたものであるから、かかる取扱いは、条例に根拠規定があれば格別、そうでない以上、給与条例一三条一項に適合するのでないかぎり条例一三条一項、規則一八条二項の拡大解釈であつて、給与条例主義に反し、許されないというべきである。

そうすると、本件昇給処分が給与条例一三条一項但し書、給与規則一八条二項に基づくものであるから適法であるとの被告らの主張は採用できない。

三被告は、また、昇給差額分の支給について、補正予算により予算措置がとられているから本件昇給処分は適法であると主張するが、予算措置がとられているからといつて、違法な昇給処分による昇給差額分の支出が適法なものとなるものでないことはもちろん、右支出について決算の認定議決がなされても、支出の違法性が治癒されるものではないことは明らかである。

四そうだとすると、本件昇給処分は、その処分時においては違法であつたというべきであるが、被告は、改正条例(昭和五四年洲本市条例第一〇〇一号)により本件昇給処分は遡及的に適法となつた旨主張する。

被告主張の改正条例が、昭和五四年一二月二〇日、可決され、翌日公布されたことは当事者間に争いがないところ、右改正条例第二条は、昭和五〇年一〇月一日において、(昭和五〇年洲本市条例第八六九号による)改正後の条例の規定による給料表の適用を受ける職員については、給与条例第一三条の規定にかかわらず同日において別表第1行政職給料表に定める号給の一号上位に昇給させる旨規定し、改正条例附則1において、改正条例は公布の日から施行し、改正条例二条を「昭和五〇年一〇月一日から適用する。」と定めていることが明らかであるが、改正条例二条は、その適用対象者に対して、不利益を与え、または義務を課するものではなく、利益を与えるものであるから、改正条例を昭和五四年一二月二〇日可決し、翌日公布したことについて、適当であるか否かの批判がありうるにしても、改正条例二条が行政法規不遡及の原則に反して無効であるということはできないというべきである。しかしながら、改正条例二条の遡及的適用の意味するところは、昇給による増額分の給与について、昭和五〇年一〇月一日以降という過去の期間を対象とするということにすぎず、昇給という改正条例二条の法的効果、したがつて、その昇給差額分の支給は、改正条例が施行された昭和五四年一二月二一日において適法となるものであると解すべきであるから、本件昇給処分は、昭和五四年一二月二一日に改正条例が公布施行されるまでは違法であつたが、それ以降は適法となつたものというべきである。

五そうすると、本件界給処分と本件昇給処分による一号昇給分の給与の支給は、昭和五四年一二月二一日以降適法となつたものであるから、本件昇給処分の取消しと本件昇給処分による給与の支給の差止を求める原告の請求は理由がない。そして、被告佐野豊が、洲本市長として、既採用職員に対して違法な本件昇給処分をなし、昭和五〇年一〇月一日から、改正条例が施行された日の前日である昭和五四年一二月二〇日分(うち昭和五〇年一〇月分から昭和五二年九月分までは別表のとおり)までの昇給差額分の給与を支給したのは、違法な公金の支出というべきであるが、右昇給差額分の給与の支給は、改正条例二条により、昭和五四年一二月二一日以降適法となつたものであるから、原告が昇給差額分の給与のうち金三、〇〇〇万円について洲本市が損害を被つたとして、被告佐野豊に対して洲本市に支払うべきことを求める損害賠償の請求と、これに対する昭和五二年二月九日以降の民法所定の年五分の割合による遅延損害金の請求は理由がないというべきである(もつとも、前記昇給差額分の支給は、昭和五四年一二月二一日以降適法となるまで違法であつたのであるから、洲本市は、その間の得べかりし利益の喪失による損害を被つたものと解する余地があり得るけれども、この点については、原告において、なんら主張、立証するところがない。)

六よつて、原告の被告らに対する本訴請求は、すべて失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(阪井昱郎 森脇勝 高野伸)

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